令和6年1月1日午後4時10分頃発生した、能登半島地震で被害を受けた皆さに、
心よりお見舞い申し上げます。(編集局)
株式会社地震科学探査機構(JESEAジェシア)は、地震予測情報を有料配信している設立12年目の会社です。
地震大国の日本にあって、地震に関する情報は大変重要ですが、「緊急地震速報」では地震まで数秒しかなく、対処はできません。人々の防災に役立つ情報は地震予測情報であると考えます。
JESEA(ジェシア)は毎週水曜日に地震予測情報アプリ・メルマガ「MEGA地震予測」
(税込380円/月)を配信しています。
2021年7月、マグニチュード6クラス以上の地震を一か月以内にエリアを指定して予測する「ピンポイント予測」の実用化に成功しました。その的中率は70%*を超えています。
この「ピンポイント予測」が人々の大地震に対する備えとなることを願っています。そして、JESEA(ジェシア)は、更に高い精度の地震予測を目指して日々研究を続けています。
このストーリーでは、会社立ち上げから「ピンポイント予測」が誕生するまでのヒストリーを代表取締役の橘田寿宏氏に振り返っていただきました。
代表取締役/CEO 橘田寿宏
科学者として悔恨の念にかられた「東日本大震災」、社会貢献を模索する3人が地震予測の会社設立
東日本大震災をきっかけに、JESEA(ジェシア)地震科学探査機構は本格的に地震を予測する会社として2013年1月に設立しました。
発足メンバーは、写真測量・リモートセンシングの第一人者である村井俊治東京大学名誉教授が顧問(後に取締役)となり、WOWOWやアミューズなどでコンテンツ制作に携わっていた私、橘田寿宏が社長を務め、再生医療の薬を開発するバイオ関連の会社を経営していた谷川俊彦が取締役となりました。地震とは無関係の3人でした。
村井俊治東京大学名誉教授はGPSデータから地震を予測する方法の特許を持っていました。そして東日本大震災の前に地殻変動に異常が現れていたことも知っていました。
しかし、その情報は公開されることなく2011年3月11日に東北地方太平洋沖にて巨大地震が起きました。村井先生は多くの尊い命が奪われたことに対し、科学者として悔恨の念にかられました。
東日本大震災直後の日本は、多くの人々が「被災者のために何かできることはないか」と模索していたように思います。私と谷川も何か自分たちができる社会貢献を探していました。
2012年10月、村井、橘田、谷川の3人は偶然出会い、僅か3か月で地震予測を配信する会社を作りました。村井先生は自身が取得していた特許を更にブラッシュアップした新しい予測方法を考えていました。
リモートセンシングを用いて、地震予測を可能にする
会社設立の翌月からコンシューマに対して地震予測情報を配信する準備をしていたある日、ふとした素朴な疑問が私の頭を過ぎりました。
「地震予測をするのに地震学者がいなくても良いものだろうか」と…。そこで地震予測について専門家の講演を聞きに行こうとインターネットで探し、東京大学名誉教授で東京大学地震研究所出身の上田誠也先生の講演を谷川と二人で聞きに行きました。
そこで上田先生は「地震予測はできる。地震予測とはプリカーサー、つまり前兆を捉え、地震との相関があればよいのである。」という力強いお言葉を拝聴いたしました。
そして、「前兆は、電磁波でもいいし、地殻変動でも音波でも良い。更には動物の宏観現象でも科学的に捉えられれば良いのである。」とおっしゃいました。私はその瞬間、私たちが地震予測を行なうことへの戸惑いは払しょくされました。なぜならその前兆を捉える技術こそリモートセンシングであったからです。
そして、村井俊治先生は国際写真測量・リモートセンシング学会の会長や国連会議の議長も務めた世界的権威でしたので、その村井先生が地震予測を行なうことは必然だったのです。最近、私はリモートセンシングこそ地震予測の王道ではないかとさえ思っています。
「MEGA地震予測」第一号
こうして、私たちの地震予測情報「MEGA地震予測」は2013年2月7日にまぐまぐのメルマガとして第一号が配信されました。当時はまだ全国版ではなく関東版と近畿版でした。分量もA4判換算でわずか2枚でした。
現在の「MEGA地震予測」アプリ版
現在はメルマガの他、Webサービスやスマホアプリもあり、分量はA4判換算で17枚以上あります。その他「動画」による解説や時系列で地殻変動が見られる「地殻変動MAP」もありますので、当時の情報量から考えると著しく進化を遂げたと感じます。
地震予測の「時期」が当たらぬなか、
災害リモートセンシングの専門家が現れる
こうして、配信を開始した「MEGA地震予測」でしたが、順風満帆というわけにはいきませんでした。幸い多くのマスコミに取り上げられ、加入者数は伸びていきましたが、肝心の予測の精度が上がらず試行錯誤を繰り返していました。
その頃のJESEAの地震予測の精度は予測の3要素である「時期」、「場所」、「規模」の内、「時期」の精度が悪く、数週間から数ヶ月という大まかなものでした。当時のJESEAにとっては「時期」の精度を上げることが喫緊の課題でした。
そんな中、2016年4月に最大震度7の「熊本地震」が起きたのです。残念ながらこの地震を予測することはできませんでした。
私たちは精度を上げるために様々な前兆を捉える研究に没頭していきました。あらゆる可能性を排除せず、民間人の研究家の方々からの情報にも耳を傾け、その方法の有効性なども確認していました。ある大阪の研究家と村井先生による共同研究で特許を取得したこともあります。
様々な地震予測方法の開発は進みましたが、実用化までには至らず、私たちは自信を失いかけていました。
2018年頃、中国の大学教授・郭広猛博士からメールが度々届くようになりました。
そのメールには彼が解析した日本国内の地震予測も含まれていました。
彼はアメリカの科学雑誌ネイチャーが選んだ「世界の研究機関」で1位を11年連続獲得している「中国科学院」で地震予測を研究していた、災害リモートセンシングの専門家でした。
彼が送ってきた日本の地震予測は、その的中率がとても高く、スタッフ全員驚きました。
私は郭博士にとても強い関心を抱き、いつしか一緒に地震予測研究がしたいと願いました。
郭広猛博士がJESEAに合流、
「一か月以内の地震予測方法」の実用化に成功
写真左:村井俊治東京大学名誉教授 JESEA現名誉会長 右:郭広猛博士 現CTO
2020年11月、私の願いが叶い、郭広猛博士は来日しJESEAの主席研究員となりました。そこから、「1か月以内の地震予測」の実用化に向けての研究が、村井俊治東京大学名誉教授と郭博士によって始まりました。
地震の前兆には様々なものがありますが、そのほとんどにノイズやエラーデータが混じります。したがって1つのメソッドに頼ると精度が低くなるのです。
研究開発を続けた結果、JESEAでは6件の特許を取得し、9種類の地震予測方法を確立しました。新しい地震予測は、ノイズをできるだけキャンセルし、信頼度の高いデータを優先採用して9種の方法を複合的に解析し地震を予測するものです。
その方法を更にブラッシュアップして2021年7月、遂に一か月以内の地震予測方法の実用化に成功しました。
ピンポイント予測の実例と的中率
ピンポイント予測の誕生、
「地震予知」が「天気予報」のように当たり前になる日を目指して
会議風景 (写真中央:橘田寿宏CEO 左:郭広猛博士CTO 右:谷川俊彦常務)
私たちはその地震予測に「ピンポイント予測」と名付けました。
その的中率は高く、2022年では21件予測して15件的中の71.4%*、2023年では18件予測して14件的中の77.8%*です。それでも予測できなかった地震はまだまだあります。地震予測は奥深く、挑戦は続きます。
村井先生はJESEAの名誉会長となった今も、精力的に研究を続けています。郭広猛博士はCTO(最高技術責任者)となって更に予測精度を上げるための日々研究を続けています。他のスタッフも前兆を察知すべく日々データを見ながら奮闘しています。
いつしか、「地震予知」が「天気予報」のように当たり前になる日を目指して、私たちの挑戦は続きます。
*的中の定義:予測の「時期」、「地域」、「規模」がすべて当たれば的中とし、下記の誤差は許容範囲と見做し「的中扱い」とする。
・許容範囲とは「時期」…一週間以内、「地域」…囲まれたラインから30km以内、「規模」…マグニチュード0.5以内
【MEGA地震予測】
サービス形態:Webサービス、スマホアプリ、メルマガ
配信:毎週水曜日午後4時頃 (適宜号外も配信)
料金:月額税込380円
お問い合わせ
株式会社地震科学探査機構(JESEAジェシア)
東京都港区南青山3丁目14番13号
E-mail: kitta@jesea.co.jp
プロフィール
JESEA 名誉会長村井 俊治
1963年3月 東京大学工学部土木工学科卒業(同年 日本工営株式会社入社)
1983年7月 東京大学生産技術研究所 教授
1992年8月~
1996年7月 国際写真測量リモートセンシング 学会会長
1992年12月~
1995年12月タイ国アジア工科大学院 主席教授
1995年12月~
1997年4月 東京大学生産技術研究所 教授
1997年4月~
1999年5月 タイ国アジア工科大学院 主席教授
1998年2月 スイス連邦工科大学 名誉博士
1999年5月~
2000年3月 東京大学生産技術研究所 教授
2000年5月 東京大学 名誉教授
2000年5月~
2012年5月 一般社団法人日本写真測量学会 会長
2005年5月~
2007年5月 社団法人日本測量協会 副会長
2007年5月~
2015年6月 公益社団法人日本測量協会 会長
2008年5月~
2012年5月 社団法人全国測量設計業協会連合会 理事
2013年1月 株式会社地震科学探査機構 顧問
2016年12月株式会社地震科学探査機構 取締役会長
2023年3月 株式会社地震科学探査機構 名誉会長
主席研究員 理学博士郭広猛
1994年 中国海洋大学工学部地理学科
1998年 中国地質大学(武漢)大学院 第四紀地質学修士
2001年 中国科学院地理学研究所 地理情報システム博士
2006年 中国科学院地理学研究所 地理情報システム准教授
2008年 南陽師範大学教授 災害リモートセンシング
2020年 株式会社地震科学探査機構(JESEA) 主席研究員
2023年 株式会社地震科学探査機構(JESEA) CTO
次回に続く・・・
鎹八咫烏 記
石川県 いしかわ観光特使
伊勢「斎宮」明和町観光大使
協力(敬称略)
紅山子(こうざんし)
※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。
アーカイブ リンク記事をご覧ください。
熊本 人吉球磨 編
人吉球磨「大自然景観美」満喫!!!
市房山(いちふさやま) 九州山地南部の主峰
標高1722mの市房山は、昔から「お嶽さん(おたけさん)」として人吉球磨地方の人々に崇められています。晴れた日には、頂上から周の山々の紅葉を見下ろすことができます。四合目の市房神社まで点在する樹齢1000年といわれる巨大な市房杉に圧倒されます。
球磨郡水上村湯山
市房湖大噴水
市房湖水から吹き上がる、高さ80メートルの大噴水。噴水が風になびき、虹ができることもあります。 噴出中に桟橋を渡り湖面まで下りると、水しぶきを受けるほど間近で噴水を見ることができます。球磨郡水上村湯山
鹿目の滝(かなめのたき)
日本の滝100選に選ばれた落差約36mの雄滝と、落差約30mの雌滝、緩やかな流れの平滝からなる滝。 轟音とともに、白い飛沫を上げて垂直に流れ落ちる様は圧巻です。滝の周辺は真夏でも肌寒いほどで、夏場は避暑地として人気を集めています。人吉市鹿目町
熊本地震の傷跡もほぼ消え、今年のような異常気象にはモッテコイ!
夏休みにはお出掛けになられては如何でしょうか‼
(詳細は下記のURLよりご覧ください。)
ZIPANG-5 TOKIO 2020 世界に誇る熊本の “日本遺産” 領主一族が“700年”統治し続けた「人吉球磨」と“石工の郷”「八代」の魅力に迫る(その1)
https://tokyo2020-5.themedia.jp/posts/21859385
熊本 八代 編
石の匠たちの物語・・・
八代 笠松橋
「八代」が日本遺産に認定されたのはなぜ?
八代地域は、かつて全国で築かれた「めがね橋」の多くを手掛けた“名石工たち”が生まれ育った地域です。彼らの卓越した手腕は日本各地で必要とされ、「神田万世橋」や「通潤橋」などの架設を成功に導き、全国に名声を轟かせていました。
そのため、八代は多くの「名石工」を輩出した「石工の郷」と呼ばれています。彼らが築いた干拓樋門やめがね橋、見事な棚田の石垣などの石造りのレガシーは百余年たった今も、まちの景観や人々の暮らしの中に生き続けており、石造りに関わる地域の歴史的特徴が日本の文化・伝統をよく表しているため日本遺産に認定されました。
自然が生み出した軌跡のアーチ「白髪岳天然橋」
白髪岳天然橋※は、東陽町五反田の白髪岳の東麓にあるアーチ橋状の形をした岩盤。かつて、地域の石工たちが自然が生み出した「白髪岳天然石橋」の見事なアーチの造形から着想を得て、「めがね橋」の架橋技術を編み出したともいわれています。
そしてその技術は、多くの石工たちが生活した山間部の種山地域(現八代市東陽町)を中心に、八代各地で脈々と受け継がれてきました。現在もなお、自然が生み出した軌跡のアーチを見ることができます。
※白髪山天然橋は、東陽町五反田白髪山の麓にある天然の橋です。
この天然橋は、9万年前に怒った阿蘇の火砕流と火山灰が堆積して溶結凝灰岩となり、永い年月の浸食によって現在のような形が作り出されました。
言い伝えによると、白髪山より降りてこられた白髪天神様は、行く手を遮る堤防のような岩壁を足で蹴破って通ったとの説があり、その穴が「白髪山天然橋」とされています。
「八代」のストーリーに続く・・・
(詳細は下記のURLよりご覧ください。)
ZIPANG-5 TOKIO 2020 世界に誇る熊本の “日本遺産” 領主一族が“700年”統治し続けた「人吉球磨」と“石工の郷”「八代」の魅力に迫る(その2)
https://tokyo2020-5.themedia.jp/posts/21870682
『海洋熱波』
海洋 編集局イメージ
世界の食糧危機について
今朝起きてすぐに日課の早朝散歩に出かけた、既に日は昇りかけており神社の石段を登ろうとすると携帯電話から流れてくるニュースに眼が釘付けになったのである。
それは、以前国立研究開発法人海洋研究開発機構と国立大学法人北海道大学が配信した
プレスリリースそのままの内容が現実となって映し出されたのだった。
当時は軽く考えそんなに気に留めていなかった(失礼)、まあ一時的な現象だろう位にしか考えていなかった…(喝!)。ところがウクライナやロシアの戦争による小麦問題が世界の食糧危機にまで発展する姿を目の当たりにするにつけ…
四方海に囲まれ比較的海産物に恵まれた地域の日本と言えども海の環境変化がもたらすものは我が国のみならず世界の人々の食生活に多大な影響を及ぼすであろうことは容易に想像できる。(天の声:想像できるのなら何故その時に報道しなかった…「大喝」!)
今やロシア、中国、北朝鮮などは自国が生き残ればよいという問題ではなく、世界中の国々が情報を共有して手を取り合い英知を結集して世界の食糧危機を真剣に考えなければ人類の滅亡に繋がっていくことになるのでは・・・。
そこで以前拝見したプレスリリースを必死になって(天の声:口だけなら誰でも言える、今更遅い!)探したところ、幸いにも1年前まで使用していたパソコンに保存されておりましたので『海洋熱波』について反省と共に振り返りご紹介したいと存じます。
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