ZIPANG-9 TOKIO 2020 [浜松市]日本古来の調理法の原始焼きを用い、地元の素材の魅力と旬の食材をご提供。炉端料理店「炉端 鰻 牡蠣 浜名荘」開店。


日本古来の調理法の原始焼き

炉端焼きを中心に浜松を始めとする静岡の鮮魚・野菜・肉、土鍋で仕上げた炊きたてのご飯をご提供。古き良き日本の食文化をご堪能ください。



静岡・浜松は豊富な食材の宝庫

静岡・浜松は、浜名湖・遠州灘・天竜川の豊かな水産資源をはじめ、広大な森林や多様な土質に恵まれた豊かな食文化を育んできました。


海水と淡水が混じる浜名湖は穏やかで栄養豊富な環境を利用した様々な養殖や漁業が古くから営まれ、人々の暮らしと自然が育てた豊かな生態系が広がっており、遠州灘は河川から流れてきたミネラルで育った豊富なプランクトンを目指し、多くの魚たちが集まってきます。


三方原台地の赤土、海沿いの砂地、水はけが良い傾斜地、寒暖差のある山間部など、多様な地形と土質を持つ浜松・浜名湖地域は、広大な森林から流れてきた清流の恵みを受け、それぞれの風土に合わせた多彩な作物を育てています。


臨場感があふれる原始焼き


静岡県産食材を原始焼きで堪能

豊富な農作物や水産物を季節ごとに楽しめる旬の食材や料理を地元の方のみならず県外の人々にも伝えたいとの想いから「炉端 鰻 牡蠣 浜名荘」は開業に至りました。


日本古来の調理法である原始焼きを軸とし、厳選された食材を囲炉裏で焼き上げることで外はパリッと、中ふっくらしっとりと仕上がるため素材本来の味をご堪能いただけます。


囲炉裏を使った調理風景が臨めるカウンターは全7席


1階個室は最大6名様でご利用可能


2階個室は貸切のご利用も可能(最大12名様まで)


希少な建材や建具はそのままに

「炉端 鰻 牡蠣 浜名荘」は明治43年(1910年)創業の結納品などを販売する老舗店であった建物を補強・改装。


元々の建材や建具などを出来る限り活かしたため、加工では再現できない長い年月を経た建物の趣や歴史ある風情をそのまま感じることができます。


入店時に囲炉裏が見えるように入り口付近に囲炉裏を設置。
1階カウンター席と個室を3部屋ご用意しておりますので様々なシチュエーションでご利用いただけます。


記念日や会食、ハレの日など特別なひとときに囲炉裏で炭焼きする炉端料理をどこか懐かしい空間で是非お楽しみください。


季節ごとの旬な地物の素材本来の味をお楽しみいただけます


うなぎや牡蠣も炭火焼きにより素材の良さが最大限に


炉端焼きを存分に楽しめる全3コース

食材は浜松を始めとする静岡県内産をできる限り仕入れ、調味料も地元醸造会社「加藤醤油」の醤油や駿河湾のあら塩などを使用。


メニューは3つのコース料理をご用意しております。

全8品で構成する「8000円コース」は、土鍋ごはん、刺し身3種、炉端焼き野菜、アユなどの旬の魚を串刺しして焼き上げた「原始焼き」、浜松産うなぎのかば焼きと白焼きなどをご提供。


全10品の「10,000円コース」は、季節に応じて仕入れ先を変える「カキの蒸し焼き」などが加わります。


全12品の「12,000円コース」は、さらに地元ブランド牛「峯野牛」の炭火焼きや春野町産キャビアなども。


料理の美味しさをより際立たせるお飲み物も厳選し静岡由来のお酒を取り揃えております。



徳川家康が愛したとされる薬用酒「忍冬酒」、「静岡蒸溜所ガイアフロー」(静岡市)のウイスキー、「梅乃宿酒造」(奈良県)の静岡産ミカンを使ったリキュール「しずおかあらごしみかん」など


浜名荘入口


「炉端 鰻 牡蠣 浜名荘」は4年前に開店予定でしたがコロナ禍の影響で延期が続き、コロナ禍が落ち着いたタイミングで満を持して2024年に開店する運びとなりました。


コンセプトを練り上げオープンにこぎ着けた「炉端 鰻 牡蠣 浜名荘」では『静岡の魅力を静岡県産食材をはじめとした地物食材の素晴らしさでおいしくアピールしていきたい』と日々想いを込めて営業しております。

是非、「炉端 鰻 牡蠣 浜名荘」で『温故知新』を体感してください。


炉端 鰻 牡蠣 浜名荘

住所:静岡県浜松市中央区肴町316-50
電話番号:053-451-5188
営業時間:月~土/17:00~23:00、日祝/定休


[座席のご案内]

カウンター席:7名様

1階個室:(1部屋)最大6名様(4名様、2名様)

2階個室:(2部屋)最大6名様(2名様、4名様)、最大8名様(4名様、4名様)

2階貸切:12名様まで



鎹八咫烏 記
石川県 いしかわ観光特使
伊勢「斎宮」明和町観光大使


協力(敬称略)

紅山子(こうざんし)


※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。



アーカイブ リンク記事をご覧ください。


さあ、やらまいか『浜松まつり』


浜松まつり (御殿屋台引き回し)


「やらまいか」とは、遠州地方(静岡県西部)の気風を象徴する言葉で「やってやろうじゃないか」・・・遠州人になったつもりで皆さんも使ってみてください!魂が揺さぶられ、きっと力が湧き出ると思いますよ


浜松まつり (凧揚げ会場)


浜松まつりの歴史

子どもの誕生を祝う「初凧」の伝統

浜松まつりの特徴のひとつは、「都市まつり」ということ。東京の天下祭りや京都の祇園祭と違って、神社仏閣の祭礼とは関係ない"市民のまつり"なのです。


浜松まつりの始まりは、一説によると今からおよそ450余年前の永禄年間(1558~1569年)に、当時の浜松を治めていた引間城主の長男誕生を祝って城中高く凧を揚げたことが、凧揚げの起源であると言われていますが、記録としては定かではありません。


なお、記録に残っているものとしては、寛政年間(1789~1800年)の記録に凧の記述がみられます。「遠州のからっ風」と呼ばれる強い風が吹くこの地は、気候的にも凧揚げに好条件であり、子どもの誕生を祝う「初凧」の伝統は、浜松まつりとして現在までこの地に根付いています。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「さあ、やらまいか『浜松まつり』市民みんなのまつりが始まる!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/4103516



浜松市天竜区の自然の力に感服!


天竜区について


森林(もり)と水 生命(いのち)はぐくむ 天竜区


市の北部に位置する天竜区は、天竜、春野、佐久間、水窪、龍山の五つの地区で構成し、区域面積は943.84平方キロメートルと市域の約61%を占め、その約91%が森林の緑豊かな区です。



浜松市天竜区の山間地。天竜杉や天竜檜のふるさと…林業に携わっていた親戚の家は天竜川沿いにあり、子供のころは夏休みになるとよく泊りがけで遊びに通っていました。


夕方になると天竜川に沿って、材木を荷馬車で運んでいました。村の子供たちは大きな岩の上から天竜川めがけて飛び込んで肝試しをして遊んでいる中、河原で一仕事した馬の背中を…と言っても背丈が届かず、下腹辺りを洗う(?実際は恐わ恐わと触れる程度の)ものでしたが…。


写真の景色を見ていると、とっくに忘れていた記憶が鮮やかに蘇ってきたのには正直、デジャヴにも似た不思議な感覚を覚えました。


たかだか一枚の写真と言えども、大脳の深層に焼き付いた自然風景?視覚記憶の力は凄い!と、しばし感慨に耽っております。 戦後間もない、3-4歳児の頃のほんのひとコマの記憶まで呼び起こすとは・・・ 


山頂に湧く神秘の池


天竜区春野町「新宮池」

毎年7月下旬には、祭典が盛大に行われる。池には舟屋台が浮かべられ水面を練り渡る。
夜になると打ち上げ花火や水上花火が行われ水面を彩る。


天竜「二股祭り」

浜松市天竜区二股町内のほのぼのとして心が癒される「二股祭り」のワンシーン。
町中では絢爛豪華な彫刻を施した十三台の屋台の曳き廻しが行われる勇壮な祭りでもある。
この時期になると町は県内外からの観光客で溢れかえる。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-2 TOKIO 2020 「 浜松市天竜区の自然の力に感服・・・ 」
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5195889



天竜水系にのみ伝わる700年以上の伝統
奥三河花祭のフィナーレを飾る『布川の花祭』


山鬼

最初に登場する鬼で、山を割り、生命の再生を図り、生まれ清まりの重要な役割を担う鬼です。 舞庭中央に据えられた竈に足を掛け、山を割る所作をします。


奥三河花祭とは

「テーホヘ、テホヘ」と、夜を徹して繰り広げられる花祭は、鎌倉時代末期から室町時代にかけて、熊野の山伏や加賀白山の聖によってこの地に伝えられたといわれています。


「冬至」の前後、太陽の力の復活を願って行われる「霜月神楽」の一種とされるこの祭りは、天竜川水系に今も伝わる神事芸能で700年以上にわたって継承されています。


当初は湯立てと清め中心の祭りだったと考えられますが、伊勢神楽や諏訪神楽なども取り入れながら、土地の人たちによって育まれ、約400年ほど前に現在に近い形態になったようです。


そのころは大神楽といって、七日七夜もかけて130番もの舞が盛大に行われ莫大な資金と労力が必要で、金100両、白米100俵が備蓄され、更に不足に備えて神楽林も保有していました。 


数地区が一緒になって、7年目や20年目という間隔で行われていましたが、大行事のため七日七夜にわたる大神楽を省略・集大成し一日一夜の祭りとして完成されたのが現在の花祭であるといわれています。


大神楽がなぜ花祭になったのかは多くの人が持つ疑問であり、「花」の語源についても10前後の説があります。


祭りは花宿の清めから始まり、神迎え、湯立て、宮人の舞、青年の舞、稚児の舞、鬼の舞、禰宜や巫女・翁などの神々の祝福、少年の舞、湯で清める湯ばやし、神返しまで休む事なく、ほぼ一昼夜をかけておこなわれます。


八百万の神々を勧請し、諸願成就、厄難除け、生まれ清まりを祈願するこの祭りは、昭和51年に国の重要無形民俗文化財に指定され、毎年11月から3月上旬にかけて、郡内15ヵ所の地区で盛大に開催されます。


花祭の開催される郡内15ヵ所に伝わる伝統の個性豊かな鬼面


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「天竜水系にのみ伝わる700年以上の伝統 奥三河花祭のフィナーレを飾る『布川の花祭』3月4日(土)13時 ~ 5日(日)11時まで開催!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2069857



※現在、2400件余の記事掲載、下記のサイトからご覧ください。


ZIPANG-9 TOKIO 2020 (VOL-9)
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ZIPANG-8 TOKIO 2020 (VOL-8)
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ZIPANG-7 TOKIO 2020 (VOL-7)
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ZIPANG-5 TOKIO 2020 (VOL-5)
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ZIPANG-4 TOKIO 2020 (VOL-4)
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ZIPANG-3 TOKIO 2020 (VOL-3)
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ZIPANG-2 TOKIO 2020(VOL-2)
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ZIPANG TOKIO 2020 (VOL-1)
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ZIPANG-9 TOKIO 2020

日本の精神文化と国土の美しさについて再発見 その1. 全世界との情報の共有化 その2. 偏り、格差のないローカリティの尊重! その3. 美しきものへの学び、尊敬、関心を高める教育と推進

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